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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(オ)708号 判決

上告人

右代表者 法務大臣

瀬戸山三男

右指定代理人

蓑田速夫

外九名

上告人

滋賀県

右代表者知事

武村正義

右指定代理人

伊藤益三郎

外三名

被上告人

赤塚又三郎

右訴訟代理人

池田俊

外二名

右訴訟復代理人

平正博

主文

原判決中上告人らに対し被上告人への金銭支払を命じた部分を破棄し、右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

その余の上告を棄却する。

前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人国指定代理人貞家克己、同高橋欣一、同伊藤瑩子、同宝金敏明、同舟越俊雄、同北川直彦、上告人滋賀県指定代理人沢慶一郎、同松村敢、同中嶋太郎次、同関河道夫の上告理由第一及び第二について

本件堤防及びその地盤である本件土地が被上告人の所有に属するとの原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認しえないものではなく、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう原審の専権に属する事実の認定、証拠の取捨を非難するものであつて、採用することができない。

同第三について

一原判決の認定判断の要旨は、「本件河川である安曇川は、旧河川法(明治二九年法律七一号、昭和四〇年四月一日廃止)の準用河川であり、現行河川法の一級河川であるところ、被上告人先々代は、明治二五年頃右河川の氾濫による水害から本件土地付近にある同人所有の田地を守るため自己所有の本件土地内に本件堤防を築造し、その後一〇余年にわたつて補強を重ね、ほぼ現状のとおりの堤防(ただし、昭和二八年以後安曇川町ないし滋賀県知事において復旧補修した東端部分は現状と異なる。)を完成し、以後被上告人先代及び被上告人においてその補修、管理を続けていたものであつて、本件堤防及びその地盤である本件土地は被上告人の所有に属するところ、上告人らは、始期は明らかではないがおそくとも昭和三四年一一月一日以降本件堤防を河川管理施設である堤防と誤信して補修を加えたり、堤防上の竹を伐採したりして本件堤防を利用している。そして、本件堤防は、右のように被上告人所有の田地を本件河川の氾濫による災害から守るために築造され、以来現在にいたるまで本件土地付近の農地を右水害から守る役割を果しており、本件河川の管理上本件堤防の設置又はこれに代るべき施設の設置が必要不可欠と認められるところ、河川管理者として堤防を築造する義務を有することの明らかな被上告人国及びその費用を負担すべき上告人滋賀県は、他人の設置した堤防を権原なく利用することにより、みずから堤防を築造する費用の支出を免れ、法律上の原因なく利得し、かつ所有者に損失を与えているものということができ、右利得及び損失は、一年につき、昭和三四年頃の本件堤防に相当する堤防を新に築造するための費用二五〇〇万円の年六パーセントにあたる一五〇万円と認めるのを相当とし、右利得及び損失は上告人らにおいて本件堤防の買受け又は代替堤防を築造するにいたるまで続くものと推認されるから、上告人らは各自被上告人に対し昭和三四年一一月一日以降本件堤防の買受け又は代替堤防の築造にいたるまで一年につき一五〇万円の割合による金員の支払義務がある。」というのである。

二1  原判決は、右のように上告人国及び上告人滋賀県は、本件堤防を利用することによつて不当利得しているものとするところ、上告人国は本件堤防を占有することを明らかには争わないが(原判決理由七(一)(2))、上告人滋賀県が本件堤防を占有することは認められないのであつて(同七(一)(1))、原判決のいう上告人らの本件堤防利用の内容及びこれを前提とする同人らの不当利得の内容は、明確を欠くといわなければならないところ、仮に原判決の趣旨が、本件河川の河川管理者である上告人国において、被上告人所有の本件堤防を河川管理施設としての堤防として占有、使用するというのであれば、本来右堤防付近の土地を河川区域と認定したうえ同堤防につき所有権、使用権を取得する等の手続を経て占有、使用すべきであるのに、同上告人がそのような手続をとることなく本件堤防を事実上河川管理施設としての堤防として占有、使用していることをもつて、不当利得とするというのであれば、それは他人の物を権原なく占有することによる不当利得を認めたものであつて、その限りにおいてその判断は正当である。しかし、原判決は、その利得を一年につき昭和三四年頃の本件堤防に相当する堤防の新設に要する費用二五〇〇万円の六パーセントと認定するところ、右堤防の利用による上告人らの利得の算定にあたり、他に適切な方法がないときは、原判決のようにその建設費の利回り計算によつて算定することもあながち不合理とはいえないとしても、建設費については、鑑定をするなど客観的な資料によつて認定すべきであるにもかかわらず、原判決は「本件堤防に相当する堤防を新に築造するには予算二五〇〇万円を要する。」旨の証言のみに依拠してこれを認定し、また、不動産による利潤について利回り計算をするにあたつて商事法定利率に等しい年六パーセントの利率を用いることは高きにすぎて正当ではないばかりでなく、上告人国が堤防を使用しているとすれば通常これに伴い必要費、有益費を支出しているのであつてこれを控除すべき筋合であるのに、原判決はなんらそのことを考慮にいれていない。更に、他人の物の不法占有による不当利得の発生はその占有をやめることによつて終るのが通常であるところ、原判決は、本件堤防が本件河川の管理上必要不可欠であり、上告人らに右堤防の買受け又は代替堤防を築造する義務がある、ことを前提として、上告人国の不当利得は上告人らにおいて右堤防を買い受け又は代替堤防を築造するまで継続して発生するとするのであるが、河川管理のため河川のどの地点にいかなる管理施設を設置すべきかは、河川管理者がその河川の特性、河川全流域の自然的・社会的条件、河川工事の経済性等あらゆる観点から総合的に判断して決めるべきことであり、単にある特定の地点に河川の氾濫による災害の生ずるおそれがあるとか、災害が生じたとか、あるいは河川管理者がたまたま住民私有の堤防を占有、使用していた等の事実があることから直ちに河川管理者に右地点に堤防を築造する義務又は既存の住民私有の堤防を買い受ける義務があるとはいえないのであつて、河川管理者にそのような義務があるというためには、前述のようなあらゆる観点から総合的に判断して、河川管理上その地点に河川管理施設を設置することが必要不可欠であることが明らかであり、これを放置することがわが国における河川管理の一般的水準及び社会通念に照らして河川管理者の怠慢であることが明白であるといえるような特別な事情のあることを必要とするといわなければならない。ところが、原判決は、右特別の事情の存在を考慮することなく漫然上告人らの本件堤防買受け又は代替堤防築造義務を認め、上告人らが右義務を果たすまで不当利得の発生が継続するとするものであつて、その点においても、不当利得の法理の適用を誤つたものといわなければならない。

2  上告人滋賀県については、前述のように、原判決は、右上告人が本件堤防の占有をしないとしながら、同人は堤防の築造費の支出を免れ不当利得するとするところ、原審の右判断は、上告人国の本件堤防買受け又は代替堤防築造義務を前提としてこれに伴う河川管理費用の分担者である上告人滋賀県のその費用の支出義務を認めたものと解されるが、前述のように、なお上告人国の右義務を認めるには足りないのであり、したがつて上告人滋賀県の右費用支出義務を認めることもできないから、同上告人の不当利得を認めた原判決は違法といわなければならない。

3  右のとおりであるから、論旨は理由があり、原判決中上告人らに対し被上告人への金銭支払を命じた部分は破棄を免れないところ、叙上に指摘した各点について当事者双方に攻防を尽くさせたうえ十分な審理を遂げるため、右破棄部分につき本件を原審に差し戻すのを相当とする。

(結論)

よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岸盛一 岸上康夫 団藤重光 下田武三)

上告人国代理人貞家克己、同高橋欣一、同伊藤瑩子、同宝金敏明、同舟越俊雄、同北川直彦、上告人滋賀県代理人沢慶一郎、同松村敢、同中嶋太良次、同関河道夫の上告理由

第一、第二、〈省略〉

第三、原判決は、不当利得の成立を肯定するに当たり、次のような違法を犯している。

一、不当利得返還請求権の法律構成において理由不備及び審理不尽の違法を犯しているのみならず、民法七〇三条の解釈、適用を誤つている。

1 原判決は、「本件堤防の利用・占有による不当利得返還および損害賠償の請求について」(判決書三五丁裏七行目、八行目)という見出しの下に、被上告人の不当利得返還請求を認容する理由を展開しているが、その冒頭に次のように判示している。

「前記のとおり、河川管理上、本件堤防の存置またはこれに代わるべき施設の設置が必要な状況にあることが認められるとともに、河川管理者として堤防を築造する義務を有することの明らかな被控訴人国およびその費用を負担すべき被控訴人滋賀県が、他人の設置した堤防を権原なく利用することにより、自ら堤防築造の費用の支出を免れている場合には、法律上の原因なく利得をしかつ所有者に損失を与えるものということができる。その利得および損失の額は、たとえば本件堤防の利用価値、あるいはこれを他に賃貸することによつて得られる賃料相当額により算定することも考えられるが、必ずしもそのような方法のみによらなければならないものではなく、控訴人主張のように、新たに築堤する場合に要すべき費用に対する毎年一定の利回りをもつてすることも、算定方法の一つとして採用することができるものというべきである。」(同三五丁裏九行目から同三六丁表末行まで)。

2 右判旨は、その見出しに「本件堤防の利用・占有による不当利得」とあり、判文中にも上告人らが「他人の設置した堤防を権原なく利用することにより……」とあるところからすると、本件を他人の物の利用による不当利得と構成するもののごとくである。ところが、一方①堤防築造の費用負担者にすぎない上告人滋賀県をも利得者に加え、更に、②利得及び損失の額については新たに築堤する場合に要すべき費用に対する毎年一定の利回りをもつて算定することも一つの方法として採用することができる旨判示している。

この①、②が他人の物の利用による不当利得とどのように結びつくのかはなはだ理解に苦しむところであり、その間には著しい論理の飛躍があるものというほかはない。他人の物の利用による不当利得において右の①、②を認めるには、なお十分な論証を要するものといわざるを得ない。

また、原判決が本件において果たして他人の物の利用による不当利得と構成した上で右の①、②を認めようとしているのか、それ以外の法律構成によつて①、②を認めようとしているのか判然としない。

右のとおりであるから、原判決には理由不備及び審理不尽の違法がある。

3 原判決が本件をあくまでも他人の物の利用による不当利得として構成しているのであれば、利得額は、賃料相当額でなければならない。この点については、我妻栄博士も、「他人の家屋に権限なしに居住した場合には、客観的な家賃相当額を返還すべきである。また他人の土地を権限なしに耕作した場合には、客観的な小作料相当額を返還すべきであつて、耕作によつて取得した物を返還すべきではない。」(同・債権各論下巻一(民法講義V4)一〇九五ページ)と説かれているとおりである。

右の我妻博士の所説で特に注意しなければならないのは、返還すべき家賃相当額又は小作料相当額につき殊更「客観的な」と断つている点である。本件におけるがごとく、河川の堤防が係争物件となつていて、利得者とされている者がたまたま河川管理者(河川法(昭和三九年法律第一六七号)七条及び九条)であり河川の管理に要する費用の負担者(同法五九条及び六〇条)であつても、そのような主観的事情があるからといつて、原判決がいうように新たに築堤する場合に要すべき費用に対する毎年一定の利回りをもつて利得額を算定することが許されるものではない。

しかるに、原判決は、右1に引用した判旨を前提として、新たに築堤に要すべき費用を認定しその額に対する年六分の額をもつて上告人らの利得額としたのである(判決書三六丁裏初行から三八丁表一〇行目まで。なお、後記二以下に詳述するとおり、この間の判断にも幾多の違法がある。)。これは右に述べた他人の物の利用による不当利得における利益の限度につき民法七〇三条の解釈、適用を誤つたものであり、その違背は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

4 原判決が利得額の算定につき右のような方法を採用したゆえんは、上告人らにおいて「他人の設置した堤防を権原なく利用することにより、自ら堤防築造の費用の支出を免れている」からであるというのであろう。もし原判決のいわんとするところがそこにあるのであれば、原判決には、次のような民法七〇三条の解釈、適用の誤り並びに理由不備及び審理不尽の違法があるということができる。

(一) 右のような築堤費用の支出を免れたという消極的な利得の返還請求は、不法占拠に対し賃料相当額を請求する場合における他人の物の利用による利得の返還請求とは異質のものであり、別の法律構成によらなければならないはずである。にもかかわらず、原判決は、漫然と他人の物の利用による不当利得と構成している。この点において、原判決は民法七〇三条の解釈、適用を誤つている。

(二) 不当利得制度は、公平に反する財産的価値の移動が行われた場合に、受益者からその利得を取り戻して損失者との間に財産状態の調整を図ることを目的とする。したがつて、財産的価値の移動がない場合には、ある人の財産によつてたまたま他の人が利益を受けたとしても、不当利得は生じない。例えば、ある人が浸水防止工事をしたために隣人が浸水を免れ、用水路の開設によつて下流の住民がその余水を使用することかできても、不当利得とはならないといわれている(以上については、我妻・前掲書九六八ページ以下、松坂佐一・事務管理・不当利得〔新版〕(法律学全集)七四ページ以下)。

本件の場合も右と同様であり、本件堤防が被上告人の所有に属するとしても、上告人らが築堤費用の支出を免れたこととの間には、財産的価値の移動はない。したがつて、不当利得は成立しないにもかかわらず、その成立を認めた原判決は、民法七〇三条の解釈、適用を誤つたものであり、これが明らかに判決に影響を及ぼすことはいうまでもない。

(三) 右の点につき、原判決は、あるいは「河川管理者として堤防を築造する義務を有することの明らか被控訴人国およびその費用を負担すべき被控訴人滋賀県」についてはまた格別であると考えているのかもしれない。もしそうであるとすれば、上告人国の堤防築造義務が前提とされなければならないのにかかわらず、原判決理由(その引用する第一審判決理由を含む。)を精査しても、上告人国に堤防築造義務があること、その義務があるとしても何人に対する義務であるかということについては何らの判断又は理由づけも示されていない。したがつて、原判決には理由不備及び審理不尽の違法があることが明らかである。

(四) 問題は上告人国に堤防を築造する義務があるかどうかであるが、国家は水害を防いで国民の幸福を増進すべきものであるが、それは政治的な責務にとどまり法律的な義務とまでいうことはできない(加藤一郎「水害と国家賠償法」不法行為法の研究三五ページ)一歩を譲つて仮に上告人国の堤防築造義務を認めるとしても、それは公法上の義務にほかならず、私人たる被上告人との間に不当利得の成立を認める根拠となるような私法上の法律関係とは次元を異にする存在である。本件堤防が継続的に堤防としての用に供せられることによつてもたらされている利益は、安曇川左岸の各農地を水害から守るという公共的利益であつて財産的利益ではなく、このことからしても、上告人らの不当利得を肯定することはできないはずである。原判決はこの点の考慮を怠り、上告人らが堤防築造費用の支出を免れたことを直接取り上げて不当利得の成立を認めている。もし、原判決のような判断が許されるならば、国の公共用施設の設置が遅れ、私人が既に設置している施設が代替機能を営んでいるときは、当該私人はすべて国に対し不当利得の返還を求め得るという不合理な結果にならざるを得ない。

したがつて、右の点からしても、原判決は民法七〇三条の解釈、適用を誤り、その違背は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

二、被上告人の損失を認定するにつき、理由にそごがあり、判決に影響を及ぼすことの明らかな経験則及び採証法則の違背並びに釈明権不行使、審理不尽及び理由不備の違法がある。

1 損失発生事由の認定と損失額算定の間に理由そこがある。

(一) 被上告人の不当利得返還請求が認容されるためには、被上告人に財産上の損失が発生すべき原因事実が存し、右事実によつて現に被上告人が財産的損失を被つていることが認定されなければならない。

(二) しかして、原判決は、本件堤防が被上告人の所有に属するとした上、「本件堤防は、当初控訴人先々代らにより、もつぱら同人ら所有の農地を安曇川の水流から保護するために築造されたものであるが、これが、現在においても、その北側の字的谷崎地内の第三者所有の多数の農地、さらにはその東方の新旭町地内の農地をも保護する役割を果していて、国による安曇川管理のため不可欠の施設となつていることが明らかであるから、これを差し当りこのまま存置することはその設置の趣旨に叶うものであ」ると判示する(判決書三四丁裏初行から八行目まで)。

そうであるならば、被上告人としても本件堤防を現在あるがままの状態で存置せざるを得ず、そうすることが被上告人に最も利益をもたらすはずであり、上告人国が本件堤防を堤防本来の目的に沿つて管理していたとしても、それにより被上告人に財産的損失が生じたことにはならないはずである。したがつて、被上告人において直接用益できなかつたことによる財産的損失が発生したと解することは不可能である。原判決は、この点で民法七〇三条の解釈を誤つている。

(三) 右の非難を避けるためであろうか、原判決は、既に一の4で述べたように、被上告人の損失発生原因につき、これを上告人国の継続的占有に求めず、上告人国及び同滋賀県において本来負担すべき築堤費用の負担を免れ、代わつて、被上告人先々代らが負担した事実に求めているようでもある(同三五丁裏九行目から同三六丁表四行目まで)。

(四) ところで、損失の発生原因が右(三)の事由によるものであるとすれば、損失額は被上告人先々代らが本件堤防を築造するために現実に要した費用それ自体でなければならないはずである。すなわち、被上告人先々代らが明治二五年ごろ本件堤防を築造し又は補強すること(同三一丁裏初行目、二行目)に要した費用が損失額と認定されるべきである。しかるに、原判決は、被上告人先々代らが現に支出した築造又は改修の費用ではなく、昭和三五年ごろ本件堤防を築造するとすればおよそ二、五〇〇万円を要すると判示した上、これを基礎に口頭弁論終結時ないしそれ以降の築造費用を推認し、同金額を算定根拠としてその六パーセント相当額が被上告人の毎年被る損失額であると認定している(同三六丁裏初行から同三七丁裏八行目まで)。

右認定は、被上告人の損失発生事由につき、本件堤防の継続使用ができなかつたことにあるのではなく、上告人らにおいて元来負担すべき築堤費用を被上告人先々代らが負担したという事実にあるとしながら、損失額の算定に当たつては明治二五年当時の築堤費それ自体を算出せずに、むしろ上告人国の継続使用を前提としなければ発生するはずのない現在及び将来の損失額を算出している。

ここにおいて、判旨は、全く首尾一貫せず、明白な理由そごを来している。

2 築堤費用の認定につき、採証法則及び経験則の違背並びに理由不備及び審理不尽の違法がある。

(一) 原判決が、築堤費用を二、五〇〇万円であると認定した証拠は、第一審における証人桝谷清一の証言及び被上告人本人尋問の結果における本件堤防をめぐる調停の際の新旭町土木部長(原判決に「土木課長」とあるのは誤りである。)川島幸三郎の説明のみである(判決書三六丁裏初行から九行目まで)。

右証人桝谷の証言は、土木部長は「饗庭湯から四百メートル程堤防をかけてつないで一直線になりますから水の恰好もよくなるし、水路を作つたらいいのだと。そういう話もあつたんだけれども結局予算二五〇万円(後二、五〇〇万円と訂正)もかかる……」(調書七丁裏一〇行目から同八丁表二行目まで)と説明したというのであり、被上告人本人は、右説明につき、「本件堤防を今造るとすれば、どれ位かかると、その間に饗庭湯の水門の入口まで暗渠にすると二、五〇〇万円位かかると聞いております」(同人第一審調書(第二回)末丁裏一一行目から末行まで)との伝聞による供述をしている。

右の証言等からすると、土木部長は、本件堤防付近一帯すなわち川下にある井之口堤防から本件堤防を経て、その川上にある下川原堤防を結ぶ付近一帯の築堤あるいは河川改修(井之口堤防と本件堤防の間にある饗庭湯への取水口の改修等)の工事費用を含め感覚的におよその数字を挙げて説明したにすぎないと理解すべきである。しかも、右説明者というのは、新旧河川法を通じて安曇川の管理あるいは工事施行義務を負うことのない町の土木部長であつて、河川法の準用される大河川(安曇川は現行法上一級河川とされている)につきどの程度の専門的知識を有していたのか大いに疑問の存するところであるのにかかわらず、右証言等においてこの疑問はなんら解明されていないのである、そして、この疑問を解明するには、右土木部長を証人として尋問すれば足りるところ、原審裁判所はその労さえも惜しんでいる(それが釈明義務違反又は審理不尽に該当することは、後記四において詳述する。)。

このように内容及びその合理性に疑いの濃い証拠を唯一の根拠として築堤費用が二、五〇〇万円であると認定するのは、証拠に基づく客観的な事実判断とは到底いい難く、右認定には採証法則、経験則を無視した違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

(二) もつとも、原判決は、右築堤費用を是認すべき事情として①「甲第一三号証の一ないし四および甲第三二号証の一からもその一端を窺い知ることができるように、本件堤防の広さに相当する堤防を築造する場合には、測量、埋立等をも含めて、相当の日数、人員および資材を要すること」、②「昭和三四、五年当時における築堤費用として、前記見積額は過大なものとは認められない」ことを挙げている(判決書三六丁裏一一行目から同三七丁表一一行目まで)。

しかし、右①に掲記された右証拠にはいずれも本件堤防築造費用を具体的に根拠づける事実は記載されておらず、②はなんら証拠に基づくことのない裁判官のばく然とした感覚にすぎない。前記のようにもともと根拠の薄弱な数値を更にばく然とした裁判官の印象で補強するという作業は到底正常な採証法則又は経験則に適合する判断とはいえず、他に昭和三四、五年当時の築造費用を二、五〇〇万円と認める資料となるべき証拠は皆無である。理由不備及び審理不尽のそしりを免れない。

三、上告人の利得を毎年一五〇万円と判断するにつき、理由不備及び審理不尽の違法並びに経験則違背がある。

1 原判決が、利得を一年につき一五〇万円とした理由は、毎年の利得が築堤費用の六パーセントだとする被上告人の主張を「過大視する根拠を見出すことはできない」(判決書三七丁裏四行目から六行目まで)というに尽き、それ以上の理由は全く示されていない。

2 右の年六パーセントの割合とは、商事法定利率によるものとしか解し得ない(他に論拠を見出せない。)が、本件堤防は、滋賀県北東部の郡部に所在し、しかも一級河川の河岸に直接していて自由な取引などできるはずがないのであるから、何らの論証をすることなく商人間の合理的取引の世界において基準とされる利率による利得・損失が生じているとするのは、その間に納得し得る理由を見出し得ないのみならず、経験法則上も到底是認しえない。

3 右1、2のとおりであるから、利得を築堤費用の年六パーセントの割合であるとする原判決の判断には、理由不備、審理不尽の違法があるのみならず、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違背がある。

四、不当利得認定につき、判決に影響を及ぼすことが明らかな釈明義務違反及び審理不尽がある。

原判決は、築堤費用を二、五〇〇万円と認定するに際し、上告人らがなんら反論していないことをもつて右認定の資料となし(判決書三七丁表四行目、五行目)、また利得及び損失の認定に際しても、上告人らがなんら反証を提出していないことをもつてその認定の資料としている(同丁裏七行目、八行目)。

(一) ところで、被上告人は、不当利得金額の立証につき、第一審において証人桝谷清一及び被上告人本人の尋問並びに鑑定の申請(昭和三九年四月六日付け申請、同年五月二七日補正申立)をしたが、第一審裁判所は、人証の取調べのみを行い、鑑定申請は最終口頭弁論期日において却下した。原審に係属した後は、被上告人は、築堤費用につき全く立証活動をしていない。しかも、右第一審の証言等は、前述のとおり、土木部長の説明の背景、内容等において著しく不明確であり、築堤費用の算定根拠とするには合理性に疑いのあるものであつた。

右被上告人の第一、二審における立証活動、第一審において被上告人の鑑定申請が却下されていること、第一審で証拠調べをした人証の証拠力が薄弱であること、原審において裁判所が築堤費用につき当事者双方になんら立証を促さなかつたこと等の経緯にかんがみ、上告人らは原審裁判所が不当利得に関する審理を不要とする心証を得たものと判断し、右につきなんら反論、反証をしなかつたのである。

(二) 右の次第で、本件口頭弁論の全趣旨に徴しても、上告人らの反証活動がなかつたことをもつて築堤費用及び利得に関する被上告人の主張の合理性を裏付け得るような訴訟の経過ではなかつたのである。右の点につき裁判所から適切な釈明権の行使があり、それに応じて上告人らが反論、反証を行つていたならば、少なくとも不当利得請求については、原判決の結論が異なる蓋然性が極めて高かつたことは明白である。

しかるに、原審裁判所が右釈明義務を尽くさず漫然と反論、反証のないことを理由に築堤費用及び利得、損失を認定したのは審理不尽とのそしりを免れえないのである(同旨、最高裁昭和三九年六月二六日判決民集一八巻五号九五四ページ)。

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